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「なむ」は平成2年から毎月発行している福住寺の寺報です。
月報「なむ」
2020年7月
ジャータカ物語「イノシシと宝石」
昔、ヒマラヤの山中で一人の苦行者が修行をしていました。その苦行者が住むすぐそばに、美しい宝石でできた洞穴があり、その洞穴には三十頭ものイノシシが住んでいました。ところが、洞穴の周りには恐ろしいライオンがいつもうろうろしています。ライオンの姿が宝石に映るたび、イノシシたちはブルブルと震え上がるのでした。
そこで、イノシシたちは考えました。?ライオンの影を見ると、俺たちは怖くてブルブルと震え上がってしまう。それもこれも透き通った宝石のせいだ。この宝石をどろどろに汚してしまえば、ライオンの影は映らないだろう。
意見が一致したイノシシたちは、連れ立って近くの湖のほとりまで出かけ、どろ土を運んできました。そして、そのどろ土で宝石をグイグイとこすりました。しかし、どろ土はこすっているうちにすぐになくなり、どろでこするよりもイノシシの毛むくじゃらの手でこすることが多くなります。すると、宝石は逆に前よりも透き通ってきれいに光ってくるのでした。
イノシシたちは、もうどうしていいのか分からなくなりました。「何かいい方法はないものだろうか」。みんなで頭をひねっていたところ、一頭のイノシシが思いついたように言いました。「近くに住んでいる苦行者に聞いてみたらどうだろう」。イノシシたちはみんなで苦行者のところへ出かけていき、ライオンの姿を映す宝石の光に困り果てていることを伝えました。
それを聞いた苦行者はイノシシたちを見据え、こう答えました。「尊い光を放つ宝石の輝きを消すことなど、できはしません。宝石の尊さに逆恨みするようならば、その洞穴から離れ、去るべきです」。イノシシたちは何も言えなくなり、洞穴を去っていきました。
自分たちの臆病さや無知を照らし出す尊い光を、逆に恨み、邪魔に思う愚かさを、このお話は説いているのです。
出典:ジャータカ285
※ジャータカ物語とは、おしゃかさまの前世の物語です。紀元前3世紀頃インドの民間に伝わる伝説やお伽話を題材として、仏教的な色彩を加えて作られ、イソップ物語やアラビアンナイトなど、世界各地の文学に影響を及ぼしています。