人間は古代から死者に花を手向ける風習があったらしい。
インドで仏教遺跡参拝した時、花を糸でつないだレイを捧げた。タイでは、蓮のつぼみを丁寧に開いてお供えして参拝しました。国が変わると供花一つ違うことに感心します。
現在盆参り中、各家庭の仏壇の夏の花はとても生きがよく気持ちよく咲き誇っています。お仏壇に綺麗に飾られたお花をながめるとほっとします。
ところで、お経お勤めしながら色々の花をながめていると実に沢山の種類に驚く。しかも、その花の名となるとお粗末なことに一つもわからない。
花は花でひとときをせいいっぱい咲いているのに、人間が勝手に切って綺麗と楽しんでいる。
名ぐらいおぼえてあげないと...とも想うのだがそんな感傷は必要ないかと思ったりします。 坂村真民さんの「花歎かず」の詩に

  「花歎かず」
わたしは
今に生きる姿を 
花に見る
花の命は短くて など歎かず 
今にいきる
花の姿を  賞賛する
ああ
咲くもよし
散るもよし
花は歎かず
今に 生きる
お経を勤めながらそんなことを思っていました。

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